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 仄暗い雲が一面の空を埋めて、風が急に止んだと思ったら、次にはもう雪が降り出していた。 


 麻帆良の寮は関東圏の建物であるから、雪国のように保温性を突き詰めた造りでは無論ない。 
寒風吹きすさべば熱を奪われ、雪が降れば室内の空気も凍りつく。 
当然のごとく寮生達は暖房を目一杯効かせ、この冷気から逃れんと試みる。 
だが今夜ばかりはそうもいかない。 
何故か? 
理由は明快――夕方の五時を境に、麻帆良学園寮は原因不明の停電に陥っているからだ。 


「んも〜、寒くてかなわんえ……なんでこないな時に停電するん?」 
お嬢様が喉を小刻みに震わし振るわし仰った。 
私の真横で先ほどから頻りに鼻を擦ってらっしゃるので、鼻頭がすっかり赤く滲んでしまっている。 
私はそれが気がかりで仕方なかった。 
場合によってはお体の異常とも分からない。 
そうであれば大変だから、無礼を承知でお訊ねする事に決めた。 
「お嬢様、失礼ですが……そのお鼻はどうかされたのですか?」 
「ん。あぁ、これなぁ。 
 気にせんといてえぇよ、ただの癖やから。 
 あんまり寒うなると、どうも鼻の先が痒くて仕方なくなりよるん。 
 かといってお医者にかかる程のものでもあらんし……」 
お嬢様にそんな癖があるとは知らなかった。 
よくよく考えれば、幼少の頃はこのようにお体を冷やされる由も無かったように思うから、 
私が知らずにいたのは無理からぬ事である。 
けれどもなにか胸の内がすっきりとしない。 
癖の一つを知らないだけで、心細さをも感じているのかも知れなかった。 
燭台に乗せられた蝋燭の火が頼りなく揺れている。 

 燭台を支えるテーブルは木目の濃い年代ものであった。 
お嬢様のお気に入りであるからと、 
麻帆良の寮入りに合わせ京都の本家が送ってくれたものだ。 
幼少の折、ままごと遊びにこのテーブルの上へお茶と菓子を並べ、 
お嬢様が私を『持て成し』して下さった事を思い出した。 
腫れ物扱いされる暮らしにまだ慣れていなかった私は、 
あの時の笑顔にどれだけ救われた事か分からない。 
ええい、心細さがなんだ、そんな事でお嬢様の笑顔が守りきれるかと思ったら、 
先ほどの弱気が幾分遠のくようだった。 
雪夜の静けさに溶けて薄らいでいった。 

 壁時計の針音は妙に鈍い。 
一秒間が闇の重さで引き延ばされてゆく。 
ネギ先生と明日菜さんは未だ部屋に戻られてない。 
あのお二人だから、ひょっとするとこの停電に関係あっての事かも知れない。 
またトラブルにでも巻き込まれているのだとしたら……しかし、この部屋を出て行く訳にはいかない。 
私は何より先立ってお嬢様の護衛である。 
お嬢様を危険な目に遭わせてはならぬ、片時もお側を離れずその身をお守りせねばならぬ。 

 床を擦る音がしたと思ったら、お嬢様が先よりも尚近くへと寄ってこられていた。 
お嬢様は寝間着にたくさん上物を重ねられていた。 
それらの上には更に毛布を掛けて、さながら十二単を纏った宮女のようである。 
その毛布ごしに二人の腕がぶつかった。 
緩やかな空気の流れが蝋燭の火を大きく揺らした時、お嬢様が私の肩に寄り掛かられて、 
猫を撫でるように甘く囁かれた。 
「せっちゃん……考え事してはるん?」 
私を覗く眸が蝋の灯で艶やかに輝いている。 
しかしその表情には微かな憂いが差し挟まれた。 
そのお顔が目見えた時に、不安なのは自分ばかりではないのだと気づかされた。 
停電の闇と雪夜の冷えが私達を臆病にさせる。 



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